御 由 緒
・平安末期の平治元年(1158年)9月13日、鎮守府将軍の藤原秀衡(フジワラノヒデヒラ)の家臣で
岩崎館主の長崎主殿長徳が、伊勢河曲郡(現:三重県鈴鹿市)の猿田彦神社(※)の御分
霊を鎮祭したと伝えられる。江戸時代には、岩崎村の産土神として村の信仰の中心で
あった。明治7年村社に列する。
※都波岐神社(ツバキジンジャ)は、伊勢国河曲郡の式内社・都波岐神社と奈加等神社(ナカト
ジンジャ)を合併したもので都波岐奈加等神社とも称される。都波岐神社は猿田彦大
神、奈加等神社は中跡直(ナカトノアタイ)の先祖の天椹野命(アマノクノノミコト)と中筒之男命(ナカツ
ツオノミコト)を祭る。
※椿大神社(ツバキオオカミヤシロ)は式内社で伊勢国一宮に比定されるが、都波岐神社が延喜
式の椿大神社であるとする説もあり論争になっている。御祭神は猿田彦大神、瓊々
杵尊(ニニギノミコト)、栲幡千々姫命(タクハチヒメノミコト)、 別宮に天鈿女命(アメノウズメノミコト)で、
昭和10年内に務省神社局の調査により、全国約2千社の猿田彦大神を祭る神社の総
本社・地祗猿田彦大本宮に認定された。
御 祭 神
○ 猿 田 彦 命 (サルタヒコノミコト) ○
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● 本 殿 ●
・境内にある駒形根神社と刻まれた石碑。
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