Autumn


・入口階段の両側には、延喜式内神明大社15社と小社85社の計100社の神社名が列記

 されています。                        


●● 名神大社15社と一ノ宮 ●●   


・胆澤郡 [ 陸中国一宮 駒 形 神 社 ]    ・苅田郡 [ 刈 田 嶺 神 社 ]       

・栗原郡 [ 志 波 姫 神 社 ]        ・宇多郡 [ 子 眉 嶺 神 社 ]       

・桃生郡 [ 計仙麻大島神社 ]        ・安積郡 [ 宇奈巳呂和気神社 ]      

・玉造郡 [ 拝 幣 志 神 社 ]        ・会津郡 [ 岩代国一宮 伊佐須美神社 ]   

・牡鹿郡 [ 零 羊 崎 神 社 ]        ・白河郡 [ 陸奥国一宮 都都古和気神社 ]  
 
・色麻郡 [ 伊 達 神 社 ]          ・白河郡 [ 陸奥国一宮 石都都古和気神社 ] 

・宮城郡 [ 陸奥国一宮 志波彦神社 ]     ・信夫郡 [ 東 屋 沼 神 社 ]       

・柴田郡 [ 大 高 山 神 社 ]        ・行方郡 [ 多 珂 神 社 ]         




●  拝 殿  ●


 総 社 宮 の 成 立 


・総社宮の地には、多賀城創建時には伊弉諾尊(伊邪那岐尊)、伊弉冉尊(伊邪那美尊)の二神

 が勧請された多賀社が建立されていたと思われる。この多賀社とは、陸奥国の鎮めである

 鹽竈神社にたいする国司の奏上や奏聞、奏勧という祭儀形式が行われた執総社という性格

 であった。当時、国府多賀城がある宮城郡には四座の延喜式内社が存在していた。一つは

 海路(塩釜の津)の標識であったと考えられる明神大社の鼻節神社、陸路(東山道)の岐神の

 明神大社の志波彦神社(元・志波彦神社で現在は仙台八坂神社境内社の冠川神社)、そして

 伊豆佐比売神社と多賀神社である。その中で、多賀城ともっとも密接な関係であったと思

 われる多賀神社だけが、平安初期に他の三座と同様に従五位下の神階を奉授されたいたと

 いう記述後、史上よりその名を消してしまったのである・・・平安中期以降になると総社

 の制が全国的になってゆく、そして陸奥国においても総社が建立されていった。それこそ

 が多賀神社の地を総社とし、多賀の神を総社中に編入し、あわせて陸奥国内の諸社の神々

 をも勧請した陸奥国の総社宮の成立である。    〜 押木耿介著「鹽竈神社」〜   



●  本 殿  ●






・神殿の横には樹齢600年余りの老杉と、220年余の老白木蓮が対になっています。 古人は 

 それを長寿で仲の良い夫婦にみたて、家族円満の幸せの神樹として「 老杉に白木蓮の花 

 化粧 」と詠まれ、愛され、語りつがれてきました。                 
 
・古く東北では、木蓮の白い花のことを農作業のめやすとして「 種蒔桜 」とも呼 んでい 

 ました。また、この白木蓮は、陸奥国府の長官が赴任の際に、京より移し植えられたとも

 伝えられています。                                




   




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