御 由 緒
・第30代敏達(ビダツ)天皇の元年(571年)に日本武尊を祭神として創建されたが、推古天皇の
御守、橘豊日尊(タチバナノトヨヒノミコト・第31代用明天皇=聖徳太子の父)が合祀された。
・縁起書、安永風土記、観蹟聞老志などを併せ見ることによって、日本武尊が夷賊征伐の際
この地に仮に宮を建てて住んだので、その跡地に白鳥大明神として日本武尊を奉祭した。
場所も新開の台の山であったが、元禄初期の火災焼失により新開126番地に移し、その後
大正3年に金ケ瀬神山に移築遷座され現在に至っている。
・明治42年(1909年)、堤に鎮座した愛宕神社の迦具土尊と、新寺に鎮座した山神社の祭神大山
祇命を合祀。また、大正3年(1914年)、新開の尾鷹から現在地に遷座する際、祭神倉稲魂命
と火彦霊命を合祀している。
御 祭 神
○ 日 本 武 尊 (ヤマトタケルノミコト)、 ○ 用 明 天 皇 (ヨウメイテンノウ)
○ 大 山 祇 命 (オオヤマズミノミコト)、 ○ 倉 稲 魂 命 (ウカノミタマノミコト)
○ 火 産 霊 命 (ホムスビノミコト)、 ○ 迦 具 土 尊 (カグツチノミコト)
○ 白 山 菊 理 媛 神(シラヤマククリヒメノカミ)
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● 本 殿 ●
● 境 内・蚕 影 神 社 ●